この記事の要点
- チェーンストアの工業化とは、商品を選び、届け、売場で売るまでの仕事について、目的・方法・判断基準・つながりを明らかにし、誰が担当しても一定の水準で実行・検証・改善できる仕組みを組織に蓄積すること。
- 目的は、お客様に安価で良質な商品を届ける力と、働く人の待遇と成長を、同じ仕組みで高めること。機械化や人減らしそのものではない。
- 売場が何でできているかを定める設計図(Retail-BOM:商品構成・棚割・売場維持作業)と、誰がいつまでにどう実現するかを定める進め方(プロジェクトマネジメント)を分けて持ち、結果を測って設計へ戻す。
ある食品スーパー(40店、架空の例)で、調味料を長く担当してきたバイヤーが退職しました。品揃えの入れ替えも棚割も、その人の頭の中で決まっていました。後任は前年の棚割表を手がかりに同じ棚替えを指示しましたが、店によって並びが違い、補充が追いつかない店と在庫が積み上がる店に分かれました。何が変わったのかを説明できる人は、本部にも店舗にもいませんでした。
これは個人の問題でしょうか。私はそうは考えていません。一人の経験に支えられていた仕事が、その人と一緒に会社から出ていった。仕事が組織の仕組みになっていなかったことが問題です。この連載で何度か使ってきた「チェーンストアの工業化」という言葉は、この状態をどう変えるかを指しています。今回は論考として、工業化とは何か、何のためか、どういう組織の考え方が要るのかを、この架空の例でつないで書きます。
1.工業化とは、仕事を組織の仕組みにすること
私は、チェーンストアの工業化を次のように定義しています。
チェーンストアの工業化とは、商品を選び、届け、売場で売るまでの仕事について、目的・方法・判断基準・つながりを明らかにし、誰が担当しても一定の水準で実行・検証・改善できる仕組みを組織に蓄積することです。
誤解されやすいので、先に「工業化ではないもの」を挙げます。機械化や自動化そのものではありません。人を減らすことでもありません。新しいシステムやAIを入れることでもありません。それらは手段になり得ますが、設計図のないところに道具だけを入れても、仕事は属人のまま残ります。
では、製造業の何を学ぶのか。私は四つだと考えています。第一に、再現できる設計図を持つこと。第二に、工程を分け、誰が何に責任を持つかを明らかにすること。第三に、設計の変更を履歴として残すこと。第四に、結果を測り、改善を繰り返し、うまくいった方法を全社へ広げること。この四つが組織の中で回っている状態を、私は工業化された状態と呼んでいます。冒頭の例で欠けていたのは、第一の設計図と第三の履歴でした。だから、第二の責任分担も第四の改善も成り立ちませんでした。
2.何のための工業化か
目的を先に置きます。工業化は、お客様に安価で良質な商品を届ける力と、働く人の待遇と成長を、同じ一つの仕組みで高めるためのものです。
私が若い頃に学んだ渥美俊一氏は、チェーンストアの使命を、自分たちの力で物価を安定させ、下げ続けることだと説きました。安く売るために誰かが我慢する仕組みではなく、仕事の設計によって無駄を減らし、その成果を売価と働く人の処遇の両方へ戻す。渥美氏の『マーチャンダイザー入門』に、一流のマーチャンダイザーはプロ野球選手と同等の報酬を得ると書かれていたことを、私は今も覚えています。働く人の待遇は、工業化の結果ではなく、目的の一部です。
渥美氏は、チェーンストアづくりを二段階で構想していたと私は理解しています。第一段階は、店数と面積で規模を作るビッグストアづくり。第二段階は、商品を品目単位で設計できる専門家を組織し、設計図どおりに店舗が実行する体制を作ること。工業化はこの第二段階にあたります。日本の多くのチェーンは第一段階の延長で成長を続け、第二段階の設計思想を中核に据えるところまで進まなかった。これは業界全体の統計に基づく話ではなく、私の見立てです。ただ、商品部の仕事が担当者の経験に依存している会社を、私は多く見てきました。
3.個人の技能では工業化にならない
ここが、小売業の方に最も伝わりにくいところだと感じています。工業化は、優秀なバイヤーを増やすことではありません。優秀な人がいても、その人の判断が組織の設計図に書かれていなければ、冒頭の例のように、その人と一緒に消えます。
建築に置き換えると分かりやすいと思います。設計図があるから、基礎、躯体、内装、設備と工程を分け、それぞれの専門家が別々に働けます。全員が同じ図面を見ているから、受け渡しができ、品質を保て、一つの建物として完成します。これが分業です。設計図がないまま部門を分けると、商品部は商品部の方針、店舗は店舗の都合、物流は物流の計画で動き、後から調整することになります。これは分業ではなく、分断です。
工業化に必要な組織の考え方は、三つの役割を分けることから始まります。売場を設計する人、設計どおりに実行する人、結果と設計の差を確かめる人です。一人が兼ねることはあっても、区別は残します。そして三者が同じ設計図を見ること。この「同じ設計図」を、私はRetail-BOMと呼んでいます。
4.売場の設計図:Retail-BOM
製造業にはBOM(部品表)があります。一つの製品が何の部品で、どんな構造でできているかを定めた一覧で、設計も調達も製造も、この表を共通の言語にして動きます。小売業には、これに当たるものが長くありませんでした。棚割システム、発注システム、POS、商品マスタはあっても、それらを一枚の設計図として束ねる考え方がなかったのです。
私が提唱しているRetail-BOMは、売場を「何でできているか」で定めた設計図です。三つの層からなります。
- 商品構成:どの用途と価格帯に、どの商品を、どの役割で置くか。入れ替える商品は何か。
- 棚割:その商品構成を、どの棚のどの位置に、何フェース、どれだけの陳列量で置くか。
- 売場維持作業:その棚割を、発注・品出し・前出し・補充・値札替えなどで、どう設計どおりに保つか。
冒頭の調味料担当の話を、この設計図で考え直します。退職したバイヤーの頭の中にあったのは、おそらく「和風ドレッシングの中価格帯がよく売れるのに、棚が足りない」という商品構成の判断と、「だから中価格帯を2フェースから4フェースに広げ、低価格帯で用途の重なる2品を外す」という棚割の判断、そして「補充は週2回の納品で足りる」という作業の前提でした。これが三層に分けて書かれていれば、後任は同じ判断を再現でき、違う結論に至った時は、どこを変えたのかを示せたはずです。
Retail-BOMは、商品構成を数量で組み、補充の計画、実行の記録、変更の履歴までつなげていく体系として、私は構想しています。ここで述べたのは、その最初の層、三つの設計を一枚に束ねるという考え方です。すべてをシステムに実装する必要はありません。まず、三層を文書で持つことから始まります。
5.設計図を実現する進め方:プロジェクトマネジメント
設計図があっても、売場は自動的には変わりません。40店で同じ週に調味料の棚を替えるなら、商品の登録、取引条件と初回数量の確定、物流への納品依頼、棚割指示書の配布、各店での訓練、棚替え当日の作業、終わったことの確認が、順番と期限を持って進む必要があります。どれか一つが遅れれば、商品は届いたのに棚が決まらない、棚は替わったのに商品が来ない、という店が出ます。
ここで使うのがプロジェクトマネジメントの考え方です。誰が、いつまでに、何を終え、何の完了を確かめて次へ渡すか。遅れた時に誰が判断し、どの条件なら開始を延期するか。Retail-BOMとプロジェクトマネジメントは、同じ売場の変更について、別の問いに答えます。
問い | 答えるもの |
|---|---|
売場は何でできているか。どうあるべきか | Retail-BOM(商品構成・棚割・売場維持作業) |
変更の根拠は何か。何を変え、何を変えないか | Retail-BOM(変更前後の差分) |
誰が、いつまでに、何を終えるか | プロジェクトマネジメント(工程と期限) |
準備が遅れた時に誰が決め、どの条件で延期するか | プロジェクトマネジメント(判断者と条件) |
実施できたか。設計との差はどこか | 両方(実施の記録を設計図と照合する) |
設計図は「何を」を定め、プロジェクトマネジメントは「どう進めるか」を定めます。設計図のないプロジェクトは、ゴールのない工程表です。進め方のない設計図は、実現しない絵です。どちらか一方が得意な会社は多い。両方を一つの変更の中で使っている会社は、まだ少ないと私は見ています。
6.測って、設計へ戻す
棚替えが終わったら、結果を測ります。ただし、販売数量だけを見ても、設計の問題か、実行の問題か、比較の条件の問題かは分かりません。中価格帯を広げた棚で売上が伸びなかった時、商品構成の仮説が外れたのか、棚替えが予定日にできなかった店が混ざっているのか、比べた期間に販促の差があったのか。この三つを分けるには、設計図と実施の記録がそろっている必要があります。第4回で数字の前提をそろえ、第5回で試売の判定基準を先に決めると書いたのは、この分け方のためです。
分けられたら、設計図へ戻します。商品構成の仮説が外れたなら商品構成を、作業が間に合わなかったなら売場維持作業や進め方を直す。何をなぜ変えたかを履歴に残す。うまくいった方法は、次のカテゴリーの棚替えの標準にする。この循環が、担当者が替わっても回り続ける状態が、工業化された組織です。冒頭の後任のバイヤーは、この履歴があれば、前任者の判断を出発点にして、自分の判断を積み上げられたはずです。
AIについても一言添えます。集計、差異の指摘、報告の下書きは、AIにかなり任せられるようになりました。しかし、どの単位で売場を設計し、何を基準に判断するかという設計図がなければ、AIが整えるのは数表だけで、判断は生まれません。工業化の設計図は、AIを道具として使うための前提でもあります。
今週、自分の仕事で試すこと
いま進めている、または最近終えた売場の変更を一つ選んでください。棚替えでも、新商品の導入でも構いません。次の三つを確かめます。
- 設計図:商品構成・棚割・売場維持作業の三層が、担当者の頭の中ではなく文書になっているか。変更前と変更後の差分が書かれているか。
- 役割:設計した人、実行した人、結果と設計の差を確かめた人を、名前で言えるか。
- 履歴:何をなぜ変えたか、結果を受けて何を直したかが、次の担当者が読める形で残っているか。
三つのうち空欄になったところが、自社の工業化の出発点です。全社を一度に変える必要はありません。一つの売場、一つの変更から、設計図と履歴を持つ仕事に置き換えていく。その積み重ねが、お客様に安価で良質な商品を届ける力と、働く人の待遇と成長を、同じ仕組みで支えることにつながると、私は考えています。
続けて読む・学ぶ
次回は、実務記事の第6回「取引条件は、売場でかかる費用まで設計する」です。取引先・取引方法・仕様書を、物流と店舗の仕事まで含めて設計することを考えます。

