商品部が決めた新商品の導入日になっても、店舗には棚の変更内容が届いていない。商品は入荷したが、陳列場所が決まらず、担当者がその場で調整する。後日、販売数量だけを見て「この商品は売れなかった」と判断する。
例えば、こうした場面を考えてみます。商品を選ぶ判断、棚を変える判断、店舗で実行する仕事、結果を確かめる仕事の間で、必要な情報が受け渡されていません。行き違いを減らすには、それぞれの仕事を一つの工程としてつなぐ必要があります。
MD(マーチャンダイジング)を、商品を調達し、お客様へ届けるまでの仕事として捉える。この記事では、その全体を見渡しながら、商品部と店舗が共有する「工程の設計図」を考えます。
1.設計図に、目的・判断・受け渡しを書く
誰の、どのような暮らしを支えるのか。どの商品を、どの品質と価格で、どのように届けるのか。企業の商品政策を、日々の判断と作業へ具体化するのがMDの仕事です。
その設計図には、仕事の順番に加え、何を根拠に、誰が判断し、次の担当者へ何を渡すかを書きます。商品リストに、売価・数量・売場・供給条件・実施日が結び付き、店舗で実行した結果が次の判断へ戻る形にします。
ここでいう「工業化」とは、仕事の目的、方法、判断基準、つながりを明らかにし、一定の水準で実行・検証・改善できる仕組みを組織に蓄積することです。経験から得た知見を共有し、次の担当者が学び、さらに良くできる状態を目指します。
2.MDを、六つの領域で見渡す
執筆中の『マーチャンダイザーの六工程』では、MDの仕事を次の六つの領域に整理しています。
- 顧客・競合を読む:買われ方、売場、価格、困りごとを観察し、確かめた事実を残す。
- 商品を探す:用途に合う商品や産地・メーカーを探し、品質と供給条件を比較する。
- 取引先と条件を設計する:取引先・取引方法・仕様を組み合わせ、物流や店舗の仕事まで含めて条件を整える。
- 商品ラインと品揃えを組む:商品政策を、商品の役割、価格、品揃え、棚割りと数量に具体化する。
- 試売・導入・改廃を回す:限られた範囲で確かめ、導入・入替・廃止を計画し、店舗で実行する。
- 数表で検証し、人を育てる:結果と条件を確かめ、判断の理由を共有し、基準と次の仕事へ反映する。
これらは、MDの仕事を整理するための循環の地図です。製造・物流・店内作業を時系列に並べた搬送経路とは区別して使います。①から⑥へ一度進んで終わるのではなく、得られた事実に応じて必要な領域へ戻り、設計を見直します。
- 01顧客・競合を読む観察した事実と条件
- 02商品を探す用途・品質・供給条件
- 03取引先と条件を設計する取引・物流・店舗作業
- 04商品ラインと品揃えを組む役割・売価・棚・数量
- 05試売・導入・改廃を回す対象・実施日・担当・差異
- 06数表で検証し、人を育てる結果・判断の理由・学習
現場の事実から、必要な領域を見直す。
図の矢印は、仕事のつながりを示すものです。実務では複数の領域が並行して動きます。物流・情報システム・経理・人材育成の仕事も、この循環を支えます。
『チェーンストアの設計図』の補章にある六つの実務工程は、別の観点からの整理です。二つの本の番号を一対一にそろえるのではなく、仕事に必要な情報・判断・成果物でつなぎます。
3.商品部と店舗は、何を受け渡すのか
店舗が計画どおりに動くには、商品部の意図と実行条件が分かる必要があります。商品部が計画を改善するには、店舗で実際に起きたことが必要です。
以下は、受け渡すものを具体化した例です。自社の役割分担に合わせて、担当と確認者を決めます。
| 領域 | 商品部と店舗が共有するもの |
|---|---|
| ① 顧客・競合を読む | お客様の反応、販売・欠品の記録、競合の売場や価格。観察した日と条件を添える |
| ② 商品を探す | 商品候補、用途、品質・容量・包装。店舗での扱いやすさや陳列上の制約も返す |
| ③ 取引先と条件を設計する | 発注・納品単位、供給の条件、保管・荷扱い、必要な作業。物流・経理等とも整合を確かめる |
| ④ 商品ラインと品揃えを組む | 商品の役割、売価、棚位置、陳列量、補充条件。現場で実行できるかを確認する |
| ⑤ 試売・導入・改廃を回す | 対象店・商品・実施日、変更前後、担当、開始条件。店舗からは実施状況・未実施・差異を返す |
| ⑥ 数表で検証し、人を育てる | 同じ期間・単位で見た実績、計画との差、現場の状況、判断とその理由。次の基準と学習へ残す |
計画した棚割りと、実際に変更された棚割りは別の状態です。 指示を出した記録に加え、いつ、どの店舗のどの売場で、何が実施されたかを確認します。実施できなかったときは、その理由を設計の見直しに使います。
例えば、ケース単位の入荷量が陳列量に合わず、保管や補充の作業が増えるなら、売場だけでなく、取引条件や物流の単位まで戻って確かめる必要があります。
4.新商品の導入を、一枚の計画にする
ここでは、ある店舗のヨーグルト売場に新商品を入れる場面を、説明用の例にします。実在の企業の実績ではありません。
先に、誰のどの用途に応える商品なのか、現在の品揃えにどんな不足があるのかを明らかにします。そのうえで、試す範囲と比較条件を決め、商品部・店舗・関係部門で次の項目を共有します。
| 設計する項目 | 記入例 |
|---|---|
| 目的と仮説 | 想定する用途に対し、現在の品揃えで不足する容量の選択肢を補えるか確かめる |
| 変更する内容 | 対象商品、売価、棚位置、陳列量、初回納品・補充条件を、変更前後で記録する |
| 実行の条件 | 商品情報の登録、納品、売価表示、棚替え、作業時間がそろってから開始する |
| 担当と判断 | 商品部が案を作り、店舗が実行条件を確認する。実施責任者と導入・修正・中止の判断者を決める |
| 確かめる事実 | 販売数量・荒利高に、欠品、廃棄・値引き、周囲の商品の動き、補充作業、実際の陳列状態を添える |
| 判定と次の行動 | 試す期間と判定基準を開始前に決め、継続・拡大・修正・中止・追加確認のいずれかと理由を残す |
売れ行きが弱かった場合は、商品への反応に加え、予定日に陳列できたか、欠品していなかったか、価格や棚位置が計画どおりだったかを確かめます。販売できる状態が整っていない期間の数字だけでは、商品の評価を決められません。
比較する店舗・期間・販売条件もそろえ、季節や販促などの違いを記録します。試験期間、品目数、合格基準は、確かめたいことと商品特性に合わせて設計します。この記入例を一律の数値基準として使うものではありません。
5.データとAIを、判断できる仕事へつなぐ
データを見るときは、最初に「一件が何を表すか」を合わせます。店舗・商品・日付の実績なのか、棚ごとの実績なのか。売価変更や棚替えが、いつ適用された記録なのか。単位と期間がそろうと、計画と実際の差を具体的に話せます。
AIは、店舗の記録を整理する、計画と実績の違いを拾う、確認すべき点や報告書の下書きを作る、といった用途に使えます。元データ、集計条件、出力の確認方法を決め、数字と説明が合っているかを確かめながら使います。採用する判断、権限を超える変更、未確認の点を誰に相談するかも、仕事の中に組み込みます。
この仕組みを動かすには、経営が役割・権限・指導者・時間を整える必要があります。実務者には、任された範囲で観察し、根拠を示し、改善を提案する仕事があります。商品部・店舗・物流・情報・経理が協力し、実行の中で見つかった条件に応じて役割や手順を更新します。
判断の理由が残れば、その記録を後輩の学習にも使えます。「何が売れたか」に加え、「何を見て、どの条件で決め、結果を受けて何を変えたか」を一緒に確かめます。
自分の仕事を、一つ書き出してみる
いま進めている商品の導入や棚替えを一つ選び、次の五つを書いてみてください。
- お客様にとって、何を良くする仕事か。
- 判断するために、どの事実が必要か。
- 次の担当者へ、何を・いつまでに渡すか。
- 実際にできたことと、できなかった理由をどう確かめるか。
- 結果を、どの判断・基準・学習へ戻すか。
書けない箇所があれば、関係する担当者と確かめる出発点になります。そこで得た知見を共通の基準へ反映し、次の仕事に使う。この積み重ねを、安価で良質な商品を届ける力と、働く人の成長・待遇を支える生産性につなげていきます。
